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『双子と若者〜2007初夏〜』(※推敲なし。書き殴りママ) [小説選]

【小説】
『双子と若者〜2007初夏〜』
 <テーマ:ミート社 鶏肉袋も10年間偽造>

《§1》
 たとえば高校1年の時、クラスで財布の盗難事件があった際に担任教師は最後のホームルームで全員を座らせて、
「このまま犯人が名乗りを上げなかったら連帯責任で全員を停学処分にする!」
 と言ったのだが、それでも犯人は手を挙げず、代わりに手を挙げたのが弟だった。
 弟は犯人が誰かも知らないままで自ら罪を被った。そして担任教師は、財布を盗まれた相手が当時の県知事の息子っていうこともあったのだが、自分の監督責任を果たすことを逃れるかのように、ろくに事の真相を確かめることなくすぐさま弟を退学処分にした。
「お前、それでいいのかよ?」
「いや、ホントはよ、『私が犯人です』って最初に俺が手を挙げれば、他のみんなも続いて『いやいや、俺が犯人です』、『いやいや、私が犯人です』って手を挙げていって、最後に本当の犯人が『いや、私が真犯人です』って言ったら全員で挙げてた手を前に差しだし……『どうぞどうぞ』」
「ってそんなことやるわけねぇだろ!」
「そして担任、犯人指差し……『チェックメイト!』」
「って、だからやんねぇって! ていうか、何それ、誰かのギャグ? まあ、それはどうでもいいけどさ、おちゃらけてねぇで、ホントのところはどうなんだよ?」
「ん?……うーん……まあ、あの担任のことだから、本気で全員停学にしかねないし、そしたら後で犯人を吊し上げて、全員でソイツを恨むだろ? 逆に、あの後、犯人が自ら名乗りを上げたとしたら、それはそれで俺と同じく退学処分になる。それって自分が起こした罪以上の罰なのは明らかだから、罪を償い反省するというよりも担任のことを恨むだけになる。そのどっちにもしないためには、誰が誰を恨むことなく、全員が幸せになるには、俺が犯人の身代わりになって死ぬのが一番だったって、そんだけ」
「そんだけって、お前なぁ」
「いや、いいのいいの。その犯人も俺が身代わりになったっていうことを一生抱えて生きていけば、自責の念に駆られ続けてもう犯罪は犯さないと思うし。そうやって1個ずつ犯罪をなくしていけば、世の中から犯罪がなくなって、みんな幸せになります。それが私の幸せになるのです……って、教祖か。俺は。もうすぐ宙に浮けたりして!……(笑)」
「って、笑えねぇよ!」
 弟の幸二は、そういう人間だった。


《§2》
 俺はそのまま高校に通って卒業し、幸二は独学で大検を得た。2人揃って畜産大学に合格。卒業後は同じ精肉工場で働くこととなった。
 しかし、程なく、会社は経営の危機を迎えることとなる。その理由、狂牛病のあおり。
「兄貴、あのさ、今日、工場長からスゲェ秘密聞いちゃったんだけど」
「お前、なんか工場長に好かれてるよな。で、何?」
「いやいや、だから秘密だって言ってんじゃ〜ん、社外秘だって言ってんじゃ〜ん、ま、でも、いとも簡単に話すけどね。ヤバすぎるから」
「なになに?」
「ウチさ、今、経営やばいから銀行が入って指導してるらしくって、業務縮小しろって言われているんだって。儲けの出ている優良業務以外をカットしろって」
「ホントに!? だって、ウチで儲けが出ている業務って『ニンニクエキス配合・精力ギンギン!金玉パンチ』の通販だけだろ?」
「そう。『ニンニクエキス配合・精力ギンギン!金玉パンチ』の通販だけ。つまり『ニンニクエキス配合・精力ギンギン!金玉パンチ』以外の業務をカットするってこと。当然……」
「精肉もってことか!……ヤバいじゃん」
「ね? ヤバいでしょ? このままだと社名にミートって付いているのにミートはなく、『ニンニクエキス配合・精力ギンギン!金玉パンチ』の通販だけやってる会社って、どんだけぇ〜! それって、どんだけぇ〜!!」
「お前、どんだけの使い方おかしいぞ。ていうか、何それ、誰かのギャグ?」
「つーか、このままでいくと我がミートクーン社は牛=バッファローのあおりを受けて、ほとんどの者がクビを飛ばされることになるわけです。つーか、マンガじゃないんだから。マンガじゃないんだから」
「ミートくんがバッファローマンにクビを飛ばされるエピソードと掛けて上手いこと言ってやったみたいになっているけど、それってキン肉マンを読んでいないとさっぱり解らないぞ。ていうか、ウチの社名ミートクーンじゃないし。ミートハッピー社だし……まあ、いずれにしても笑い事では済まされないけどな。まあ、確かにBSEの影響でウチの主戦力だった牛肉は壊滅的な打撃を受けているし、豚と鶏を増やしたくても設備投資に回せるほどは精力剤通販も稼いでないし」
「もうこうなったら通販の売上を一気に上げるべく、名前を変えてみるっていうのはどうだろう。たとえば『すごいエキス配合・精力ギンギン!バイアグラ』とか」
「ファイザーにこっぴどく怒られるって! 製薬よりも精肉をなんとかする方法を考えようや、そこは。俺ら、肉屋なんだし。となると、今度の県庁特別食事会がものすごく重要ってことか……」
「そういうこと」
 その年、県知事が変わった。
 それまでの企業にドップリ浸かっていた体制を改めるべく、新人候補が当選したのである。スローガンは「談合なき県政改革」。
 新知事はまず手始めに県庁やその他公的施設の食材専売先をクリーンな方法を決めようとしたのである。それも建設業などと同様に入札制度ではなく、食材だけに食事により“より美味い食材をより安く”提供できる業者を選別しようと。
 それが県庁特別食事会である。
 それはミートハッピー社にとって、とても喜ばしいことであった。
 前知事の頃は多額の裏献金によりミートラッキー社の独占であった専売業者になれる可能性が生まれたのであるから。
 しかし……。
「牛肉だったらラッキー相手でも勝負になるけど、新参者の俺らに豚と鶏の良い肉なんて入ってくるわけねぇしな。県内のいい牧場は全部ラッキーに抑えられているし……」
「でも明日の食事会さえ上手くいって契約に結びつけば、その後は県内の牧場も俺たちハッピーに良い肉を卸してくれるようになる」
「とにかく明後日の食事会が勝負かぁ……それで良い肉は?」
「用意されているわけもなく。それで俺が工場長に呼び出されたっていうわけ。『畜産大学時代のコネで、どこか県外から、今年の食事会のテーマになっている美味い鶏肉を仕入れることはできないか』ってね。兄貴、マジでどう思うよ。なんとかしてこれを上手くやらないと、精肉工場で働く58人全員のクビが飛んじゃうんだよ。マジでどうにかしないと」
「うーん……ウチの県は地鶏で有名なわけだからなぁ。他の県からウチより上手い鶏肉を仕入れるってのは、正直、難しいよなぁ〜」
「鶏じゃなくて豚の挽肉にしちゃう?」
「偽造はまずいだろ! バレたら営業停止だぞ! 通販のヤツらまで路頭に迷わせるわけにいかないだろ!!」
「でも、やるしかないって! そのまま指をくわえて見ていたら、確実に精肉業務はカットされるんだから! 嘘でも偽造でも、とにかく美味い肉を知事に食わせるためなら、なんでもやるしかないって!!」
「うーん……でも、偽造するにしても豚肉だったら鶏肉と一緒で俺ら新参者には結局入手困難だぞ」
「あっ、そうか。ウチの県は豚も美味いから他県で探すのは困難だしなぁ……鶏や豚より美味い肉、それこそ牛より美味い肉ってねぇのかなぁ……あっ」
「なに?」
「……うーん、でもなぁ、さすがに」
 プルルルル、プルルルル。
 弟の携帯電話が鳴った。電話の相手は弟の婚約者であった美幸からだった。
「おぉ、どうした? もうこっちに向かってるのか?……なに! 事故っただと! 相手は?……人!! 大丈夫なのか? 救急車は? 呼んでないだと! すぐ呼べ! 場所は……うん、わかった。すぐ行くから、落ち着いて! じゃ!……兄貴! 美幸が事故った! 車、出してくれ!!」


《§3》
 翔は工場長室のドアを叩いた。
「はい、どうぞ」
「……失礼します」
「おっ、翔か。やっぱりお前か。良かったよ。お前かぁ……良かったよ。うん、良かった良かった」
「……」
「みんなはもう帰ったか?」
「……」
「そうか。お前は本当に無口だな。でも、いつでも黙って俺の言うことを聞いて、慕って付いてきてくれたお前だからこそ、お前で良かったって思ってる。お前が来てくれて良かったって思ってる」
「……」
「実はな、頼みたいことがあるんだ。その前にいくつか話さなければならないことがある。まず我がミートハッピー社が今日、こうして順調に業務を行い、ラッキー社を抑えて県内精肉業ナンバー1の座に君臨していられるきっかけとなった話。そしてそれには私の弟なくしてあり得なかったという話」
「……」
「そうだな。お前たちの間では俺には兄がいたことになっているだろう。しかし実は兄ではなく弟がいたんだ。双子の弟。俺は今、田淵幸二を名乗っているが、実際の俺は兄の田淵幸一。わけあって幸二になりすまし、この10年あまりを生きてきた」
「……」
「俺たち双子は孤児だった。コインロッカーに捨てられていたそうだ。物心付いた頃には孤児院で生活していた。児童養護施設ってやつだ。俺たち兄弟は当たり前だがいつも一緒にいた。唯一無二の家族。それが同じ年で同じ顔で同じ容姿でいる。他の孤児がほとんど独りだったのに比べれば幸せだったのかもしれない。それで幸一、幸二っていう名前にした。名字はその頃活躍していたプロ野球選手から取った。お前の年では知らないかもしれないが、阪神の名選手だ」
「……」
「それにしても俺たち兄弟が同じ年の双子だったというのは良かった。学校であったこととか、同じ感覚で、同じ精神年齢で悩みを共有できる。だからほとんどケンカすることはなかったし、一緒にがんばることができた。そうして小学校を卒業し、中学に入ると新聞配達のバイトをお互い始めて、それで中学卒業と同時に施設を出て、高校に入学した。同じ高校、同じクラスになった。その1年生の時、これは前に話したと思うが、クラスで財布の盗難事件が起こって。その犯人の身代わりとなって弟が退学処分となったんだ。この話は『兄が退学になった』としていたが、実際は弟だ。弟が退学になったんだ」
「……」
「弟はみんなの幸せだけを考えて退学になったが、誰を恨むこともなく、自分が腐ることなく、一生懸命勉強を独学で続けて、俺と同じ畜産大学に合格できた。再び一緒の学校で学ぶことができた。お互いの夢は精肉工場で働くことだった。それは貧乏な頃に肉が食べられなかったから。精肉工場なら肉だけはいくらでも食べられるだろうってな」
「……」
「それでこの会社に入ったんだ。程なく、世を狂牛病による牛肉不信が巻き起こることとなり、その余波は豚肉や鶏肉業務を拡大しようとしていた我が社を直撃した。業務不振で経営危機に陥り、銀行を入れて再生指導が行われた。そこで優良業務以外はカットしろということになり、そのままでは精肉業務がカットされるかもしれなかったんだ。当時、儲けを出していたのは、今も発売している『漢なら肝で勃て!牛肝』の前身、『ニンニクエキス配合・精力ギンギン!金玉パンチ』の通販だけだったから、それだけ残してなくなる危機だったわけだ。危なく『ミートハッピー社!?……あぁ、あの金玉の会社』って笑われるところだったんだよ。ハッハッハ」
「……」
「それで、なんとかしなくちゃならない、精肉業務で儲けをなんとか確保しなくてはならない。そうしなければ精肉工場で働く当時、俺ら兄弟を含めて58人全員のクビが飛ぶことになる。それで弟は、犠牲になったんだ。高校生のときと同じように……」
「……」
「幸いなことに、今考えれば幸いだったことに、その時、今の知事に代わったばかりで、当時、彼は県政と企業の癒着を断絶することをスローガンとして掲げていた。それで食材業界との談合をなくすために始まったのが、現在も毎年行われている県庁特別食事会というわけだ」
「……」
「第一回のテーマは鶏肉。それは結果的に毎年続くテーマになるのだが、それも第一回目があまりに美味かったからに他ならない。それも弟のおかげに他ならない」
「……」
「鶏肉というのは当時のウチにとって非常に難しいテーマだった。それまで牛肉メインでやってきただけに、県内の鶏肉や豚肉はライバルのラッキー社独占状態だった。それらの牧場が現在のようにウチと取引するようになったのも、第一回でナンバー1鶏肉精肉の称号を得て、公的施設への専売権利を獲得したからに他ならない。それは弟のおかげに他ならない」
「……」
「そのおかげで我がミートハッピー社の従業員は誰一人辞めることなく精肉業を続けることができ、今のような発展を遂げることができた。それもこれも、私が小さい頃から常に生活を共にしてきた、私の唯一無二の家族であった、弟のおかげに他ならない。そのことを我が社で働く者、とくにこの精肉工場で働く者は肝に銘じなければならない。我が愛する弟がみなを救うべく、自らの命を投げ出したのだということを……」
「……」
「第一回県庁特別食事会が行われた、前々日の夜だった。その日、私は初めて弟から経営の実態、そして精肉業務が切られる可能性が高い事実を聞かされた。風雲急を告げる状況。とにかく翌日までに、食事会が行われる前日までに、ラッキーが用意するであろう最高級の地鶏を上回る鶏肉を用意しなければならなかった。いや、弟は、もはや鶏肉じゃなくても構わないとすら考えていた。牛肉のようにあからさまに鶏肉とは違うものでなければ、ミンチにしてしまえば鶏肉だって言い張れるものであれば、そして鶏肉を遙かに凌駕するものであれば、なんでもいいと考えていたのである。とにかく勝たなければみんなを救えない。みんなを救えなければ意味がない。高校生のときと同じように、それならば自分を犠牲にしてもいいって、思えば思い始めていたのかもしれない。しかし、その事故が起きるまでは、悩んでいたのは確かだ。彼女だった美幸の事故」
「……」
「彼女は私と弟が暮らす家に車で向かっていた。途中、落としたCDを拾おうとした、その瞬間だった。ハンドルを謝って右に切ってしまい、対向車線を越えて、その先の歩道を歩いていた親子をひいてしまった。母親はとっさに子どもを反対側に突き飛ばしたため、その娘は助かったが、母親は即死だった。その娘は父親がわからない子だった。母親だけが唯一の家族。その家族を殺すというのは、その子を孤児にしてしまうということ。孤児であった弟ともうすぐ結婚しようとしていた美幸が、自らの手で孤児を生み出してしまうなんて、なんという業の深さか……」
「……」
「そして不幸なことに美幸は任意保険に入っていなかったのである。それも、弟の幸二が施設に寄付を行っていたのと同様、美幸も施設に寄付を欠かさなかった。それでお金がなく、保険に入れなかったのである。死亡事故。慰謝料は莫大だった。父親がいなくて、母親が死んだら、じゃ誰が慰謝料を請求してくるのかというと、その娘になるのだが、そこで出てきたのが娘の叔父と叔母。それまで父親のいない娘を産んだことで、半ば縁を切っていたはずのなのに、しゃしゃり出てきた。それも、事故直後の病院へ」
「……」
「私と幸二は事故の報を受けて、すぐに美幸のところへ向かった。そして共に病院に行った。そこに叔父と叔母が現れたのであった。ひたすら泣きじゃくっている美幸では話にならないと、彼らは幸二に慰謝料の話をしてきた。『保険に入っていなかったっていうじゃないか? どうするんだ!』と言われて幸二は言った。『僕がなんとかしますので安心してください』と。このとき弟は完全に覚悟を決めたのだろう。そのことは横顔からハッキリと伺えた。その顔は今でもハッキリと覚えている。晴れやかな笑顔」
「……」
「それから私が運転する車に美幸を乗せて家まで戻った。泣き疲れていた美幸を寝かしつけた後、幸二は言った。『兄貴も疲れただろ。先に寝ろよ。俺はもう少し美幸のそばに居てあげるからさ』。私はうなずき、寝室へ向かおうとした時、『兄貴』と再び幸二に呼び止められた」
「……」
「『今日は……ありがとうな』」
「……」
「その言葉は今考えると、『今日は』というよりも『今まで、ありがとうな』という言葉だったのだろう」
「……」
「翌朝、美幸の悲鳴と嗚咽で起こされた。幸二が首を吊って死んでいた」
「……」
「傍らに手紙が置いてあった。その表紙にはこう書かれていた。
『俺が死ぬのが一番だったって、そんだけ』」
「……」
「『お前が死ぬのが一番だって、誰がそんなこと決めたんだよ!』って吊られた幸二の腹を殴りながら、叫んでいた。唯一無二の家族がいなくなった現実。自分の分身に違いなき、絶対的理解者を失った喪失感。独りという絶望。すべてを受け入れずに叫び続け、叫び疲れ、すでに卒倒している美幸の横に倒れ込みながら、その手紙は折り曲げられており、中に続きが書いてあることに気付いたんだよ」
「……」
「タイトルは『これからの行動』」

 まず、ここに死んでいるのは幸二ではなく、幸一。つまり兄貴が死んだことにする。
 俺たちは双子、そこにいる美幸以外、俺たちの区別はつかないし、俺たちが入れ替わる事実を知る者はいない。万が一、DNA鑑定に持ち込まれても、俺たちは一卵性双生児だからDNAは一緒だ。問題ない。
 なぜ兄貴が死んだことにするのかというと、死亡保険だ。兄貴が俺を受取人として生命保険を掛けているのを知っている。それを俺に成り代わって受け取り、美幸の慰謝料に充ててくれ。あと、兄貴は俺たちの育った施設も受取人にしているのも知っている。その施設に残された娘さんが入れるようにしてやってくれ。頼む。
 そして精肉の件。
 俺の肉を挽き、「大学時代の知人に良質の鶏肉を用立ててもらった」として工場長に渡してくれ。人肉は何よりも美味いと言われているが、食ったことないから本当のところはわからない。ある意味賭けだが、やってみるしかないだろう。
 以上、よろしく頼む。それと、美幸のこともよろしく頼む。
 そんじゃ、霊界で待つ!(笑)

「……」
「その日の晩、幸二ではなく幸一として通夜を行った。参列した工場長に『兄が死んだこんな日になんですが、知人に良質の鶏肉をわけてもらってます。明日、葬儀の前に会場まで持っていきます』と伝えた。通夜が終わった後、棺桶に入っている幸二のふくらはぎや尻、背中の部分の肉を泣きながら美幸と切り取り、ミンチにして翌朝、食事会の会場へ届けた。食事会の様子は見ていないが、知事は『なんて美味いんだ! こんな美味い鶏肉のハンバーグを食べたことがない!!』と絶賛していたという。弟の目論見通り、それで専売権利を見事勝ち取ることができたんだ」
「……」
「いや、わかる。その気持ちはわかる。ハッキリ言って気が狂っている。人肉を黙って食わせるなんて気が狂っているとしか言いようがない。しかしそれしかなかったんだ。あの状況で、鶏肉よりも美味い肉を探し出すことは、普通の手段では無理だった。幸二はそれを成し遂げたんだ。誰を傷つけることなく、しかもついでに美幸のことも救った上に、精肉工場のみんなを救ったのだから。そこでの問題は何もない。幸二の死を耐えるという苦行が私と美幸にもたらされた以外、何もない。問題はその後だった。その翌年からどうすればいいのか、ということ」
「……」
「工場長に『また今年も頼むよ』と言われたが、まさか、誰かを殺してまでやるわけにはいかない。美幸が『次は私を殺して!』と頼んだが、そんなわけにもいかない。とにかく人肉を食わせるのはキチガイの沙汰だ。やめよう。専売権利を得た結果、様々な養鶏所との取引もできるようになった。美味い鶏肉は手に入る。それでいいじゃないかとなり、普通に鶏肉を出したのだが、口にした知事は『おや? 去年より味が落ちたな。それでもラッキーのより美味いからいいが、来年こそは去年と同じ“肉”で頼むよ』と、『もしや、この人、真相を……』と思わせる発言をされてしまい、次の年はどうしても人肉を出さなきゃって、なった。そうじゃないと、精肉工場のみんなが路頭に迷ってしまう、路頭に、路頭に……って、完全におかしくなっていたんだよ。そう、おかしかった。単なるキチガイだった。今思えば。だって、美幸を利用することを思いついて、それを実行してしまっていたのだから。何度も、何度も……」
「……」
「美幸は快く了承してくれた。『私が幸二さん、いや、幸一さん、いや、お二人の役に立てるのなら』と。それで美幸と結婚し、美幸をはらませた。腹が出ているのがバレると困るので、近所には病気になって寝たきりだといい、家から出さないようにした。そして私が子どもを採り、食事会の前まで飼って、食事会前日に絞めて、挽肉にした。そう、つまり人を殺せないなら、自分で作った人間を使えばいいと。それを3年目から8年目まで、実に6年間も続けた。6人の赤子を産んでは殺していたなんて、完全にキチガイの沙汰だ」
「……」
「それでも美幸はよくかんばったと思う。ウチから一歩も出ずに、6年間、ずーっと子どもを産んでいたのだから。でも、さすがに保たなかった。それは自責の念で。6人目を殺した後、美幸は突然叫んだ。『何人子どもを産んで、何度も幸二さんの意志を継ごうって、やってきたけど、幸二さんを二度殺した罪の意識はなくならない!』って。落ち着かせて話を聞いたところ、実は高校生のときに幸二が身代わりになった財布盗難事件の真犯人が美幸だったんだよ」
「……」
「成人しても自責の念が拭えなかった美幸は幸二を探し出して接触を図った。結果、彼女となることもできた。当時の美幸は地味で目立たなかったから、名前を聞いても幸二は思い出さなかったらしい。今思えば、幸二のことだから知っていて気付かないふりをしていた可能性の方が高いけど。それで美幸としては結婚することが決まったら、すべて話そう。それで許してもらえるなら、結婚してもらおう。そのとき、初めて、自責の念に駆られる生活から解放されるだろうって、美幸は考えていたのにあの事故。結局、二度、幸二を殺したことになってしまった。二度目は本当の死。その償いのためだけに、子どもを産む作業を綿々と続けてきたが、さすがに精神的に無理となり、彼女は、包丁で腹をかっきって、死んだ」
「……」
「正直、私もおかしくなっていたので、『美幸が死んでしまったのでは、次から人肉の調達ができない! どうしよう……あっ』と思いたって、美幸の肉を冷凍にした。そして次の食事会に出したところ、知事に『また肉の質が落ちてますよ。来年はがんばってくれないと、ラッキーに足下をすくわれますよ』って言われ、ホントに困った。次はどうしよう、次はどうしよう……そうこうしているうちに、第十回食事会が明後日に迫ってしまいました。そこで、覚悟を決めたのですが……その直後でした。営業部長から連絡があったのは」
「……」
「今回の第十回はデキレースだと。10年もの間、2番手という苦汁をなめさせられ続けていたラッキー社サイドが大量の爆弾、つまりは金をばらまいて審査員の買収が完了したと。当然、知事も陥落。当時は談合をなくし、県政と企業のクリーンな関係を構築するとか息巻いていたくせに、誰かが3期も知事に居座ると不健全になるなんて言ってたけど、まったくその通りに、3期目中途の10年目ともなると、ダークサイドに落ちちゃうもんなんだなぁって。そもそもよく考えてみると食事会っていうシステム自体、癒着をなくすどころか審査員の買収という方法を使いやすくしているだけじゃないかと。そもそも、もしかしたら、そうなることを望んで、この制度を導入したんじゃないかって、それを見越していたんじゃないかって。もしそうだとしたら偲ばれません。この制度に無償の死を与えた弟が。美幸が。そして美幸の子どもたちが……」
「……」
「よって知事が許せないので、殺すことにしました」
「……」
「長々と理由を話してしまいましたが、要するに知事を殺すのを手伝ってほしいのです」
「……」
「いや、もちろん直接手を下せとは言いません。私の身体を使って知事を殺すので、その手助けをしてほしいのです」
「……」
「私は今から筋弛緩剤を飲んで自殺します。そうしたら私を捌いて肉はミンチにしてください。ただし肝臓はそのまま切り出して。知事は生レバーが大好きで、いつも出しています。あとはミンチとレバーをそこにある袋に詰めて食事会の会場に持っていってください。筋弛緩剤は肝臓に残っているので、それを食べた知事は死にます。以上です」
「……」
「ちなみに知事は今回の食事会が終わったら、ウチの不正をリークして潰すつもりです。『漢なら肝で勃て!牛肝』の肝臓が実は豚のレバーを使っているということです。今回のデキレースの結果、専売権利が奪われた上に、そんなスキャンダルが噴出すたら、ウチは終わりです。いずれにしても知事を殺してしまうことが、弟がやってきたことのように、みんなを救うことになるのはわかりますよね?」
「……」
「翔はホントに無口だよね。まあ、とにかく頼む! もう、お前しかいない! 俺と弟と美幸の無念を晴らせるのは、お前しかいないんだ! 俺たちの気持ちを胸に、あとは頼むぞ!」
 幸一は筋弛緩剤を飲んだ。
「翔! あとは頼んだからな! 頼むぞ!!」
「……」
「最後ぐらい、返事をしてくれ! 頼むぞ!!」



















「……えっ? あっ、別にいいっすよ」

「って、返事遅っ! つーか、軽っ!」
「アレっすよね? ミンチにすりゃいいんすよね? 余裕っすよ!」
「いや、まあ、そうなんだけど……つーか、お前って、そんな軽いキャラだったの? もしかして意外とチャラ男?」
「そう、意外とチャラ男……って、自分で自分のことをチャラ男って言っちゃうって、どんだけ〜。それって、どんだけ〜」
「えーっと、あれ? 最後の最後で選択ミス? どうしよう、どうしよう、どうしよう……でも、今さら……ウッ……」

「あれ? マジ、死? マジ、死人? えーっと、で、どうするんだっけ?……ま、とりあえず沙耶子にでも電話しとく?……あっ、サーヤ? ゴメンゴメン。例の、あの、工場長のおしゃべりが止まんなくてぇ〜、マジ、長ぇんだよ、鬱陶しい〜……つーかさ、そもそも、ダチョウ的な感じで、『俺が行きます』、『いや私が行きます』的なやりとりが起きて、なんか俺が最後になっちゃって、案の定、『いや、俺が行きます!』って言ったら、全員が『どうぞどうぞ』だって。そんで俺が工場長のところに行く役になって、行ったら、すんげぇおしゃべりで、今まで掛かっちゃってんだけど。マジ、どんだけぇ〜! マジ、どんだけぇ〜!!……あ、うん。もうちょっと仕事あっから、それハケたらタカシくんとこ行くわ。じゃ」
 翔は死んだ幸一を担ぎ、巨大ミンチ機の前まで来た。
「面倒だから洋服着たままブッ込んでおけばいいんじゃね? そうじゃね? 俺、かしこいんじゃね? よいしょっと投げ込んで、スイッチ・オーン!……すんげぇ! バキバキ鳴ってるし!!……つーか、すんげぇ血が飛び出してきてんじゃんよ!……つーか、臭っ! なんだこの生臭さは……おえっ! おえっぷ! つーか、この血生臭いものをこの袋に入れておけってことだろ?……つーか、袋に鶏肉って書かれてあんのに、人肉入れろって、どんだけ〜! 鶏肉って書いてあんのに人肉って、どんだけ〜! それって、どんだけ〜!……つーか、臭くてもう無理。こんな仕事辞めよう。今すぐ辞めようっと。早速、辞表!」

 辞表
 この度は、臭くて無理でした
 工場長、並びにその弟さん、そして美……春さん? まあ、大体でいっか……えーと、お世話になりました。
 さようなら

「よし書けた!  早速工場長に提出……って、死んでるし! 完全お陀仏だし。机の上? いやいや、それじゃ見てもらえないから……直接ミンチ機の中に放り込んで……って、臭すぎて近寄れねぇ! 逃げろ!!」
 一度外に出たが、即座に戻ってきて工場長を指差し……
「『チェックメイト!』……って、だから工場長は今、ミンチ中ですよ! 逃げろ!!」
(終劇)


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コメント 2

黒田B造

朝の清清しい空気の中で読むもんじゃねえな・・・。
そんな哀しい物語だったよ・・・
by 黒田B造 (2007-06-29 10:03) 

ウエノミツアキ

>黒田さん
次回も乞うご期待!
by ウエノミツアキ (2007-07-02 13:27) 

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